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2010年2月25日 (木)

動物福祉

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↑ 同じマリアでもちょっと違います
  


「アニマル ウェルフェア(動物福祉)」という言葉をご存じ?

まだ日本で聞きなれない言葉だけど、「動物が本来持ち合わせる性質の発現の自由」を
意味していて、犬や猫などのペットだけでなく、牛や馬・豚・鶏などの産業動物をも対象に、
その基本になるのは「ナニがその動物にとっての自然であるか?」ということ・・・らしい。

これまでは人間の要求を動物達に優先させてきた世界だったが、往々にして行過ぎ、
品種改良以上に悪趣味にペットに整形手術まで行う国まであらわれたワケ

これからは動物達の自然な主張を人間が許容するべきではないか?と言うヨーロッパ
発祥の動物保護の波は確実に世界中に押し寄せているカンジ。


イギリスにはPDSAという動物福祉団体がある

People's Dispensary for Sick Animals (PDSA) は、貧困に苦しむ飼い主の動物を、
無料で治療する、獣医療のチャリティ団体

獣医師と獣医看護師の雇用数は、動物病院としてはイギリスで最大だそうだ。


時は1917年、Maria Dickin という一人のイギリス人女性は、病気や怪我で苦しむ動物に
無料で治療を行う PDSA をロンドンの Whitechapel に開き、多くの動物を助けた。

後に彼女はアニマル・ウェルフェアのパイオニアと呼ばれる。


聖職者の子供として生まれ、教会で育ったマリアは、1890年代のイギリスは、彼女の
階級の女性が働くということは未だ許されていなかったが、それに反して、彼女は
ロンドンでスタジオを開き、様々な著名人と知り合い、支援を受けることができた。

28歳で結婚したマリアは、ソーシャルワーカーとして、社会福祉の仕事を立ち上げ、
人々を助けることにした。

マリアは、ロンドンの下町、イーストエンドに住む人々を人助けのために訪ねた。

ところが、そこには皮膚病を患ったり、怪我をした犬や猫が道に溢れており、側溝には
死骸が溜まっている悲惨な風景が繰り広げられていた。

マリアは驚愕し、息を飲んだ。また、家の庭には病気のヤギや兎が集まっていたし、
行商人が引いている馬やロバには荷物が大量に乗っていて、脚はびっこをひいていた。

マリアは、「なんて酷いオーナーたち……。誰かが何とかしなければならない。
私が始めなければ」と思った。

マリアの愛犬はヨークシャーテリアだった。

その犬が病気になり、手の施しようがなくなった時、かかりつけの獣医師は、犬を痛みなく、
深い眠りにつかせた。

そしてマリアは思った。私はお金を払えばこうして動物の痛みを軽減できる、ではそのお金を
払うことができない人は?

まずは診療所(dispensary)となる場所を探さねばならなかった。”dispensary”とは、無料
または低料金の診療所という意味である。

「貧乏人が動物を病院に連れて行くわけがない」という痛烈な批判も上がり、融資を受ける
ことも困難を極めたが、ついに1917年の11月、マリアは PDSA をオープンさせたのだ。

病気の動物を連れてきてください。

どうか彼らを苦しませないで。

全ての動物を治療します。

全ての治療は無料です。

そして1日に100頭以上の動物が訪れるようになり、その人だかりに警察が出動しなければ
ならないようになった。

マリアは治療が必要な動物がいる限り、診療所を広げたいと思っていた。最初はイーストエンド、
そしてロンドン全域、イングランド全域、イギリス領……

1923年には診療所を16箇所に設立、更に馬車でひく移動診療所を作り、全国を回った。

モロッコに初めて、海外の診療所も作った。1928年には動物のサナトリウムを作り、
そこでスタッフの養成にも励んだ。

その後 PDSA は、エジプト、ギリシャ、南アフリカ、そしてパレスチナにも広がった。

チャリティは年々、力を増し、現在にも引き継がれている。

苦しむ動物を助け、社会での動物の地位向上に一生を捧げたマリアは、81歳で
この世を去った。

彼女は飼い主が喜び、そして動物が痛みから解放された姿を見るのが最高の報酬だった。

「今日、私たちは皆、世界が良くなるよう、色々なことを考えている。全ての男性にとって、
女性にとって、そして全ての子供たちにとって、より良い世の中になることを願っている。
でも私たちは忘れてはいけない。そこに動物も含まれることを。」

もちろん、彼女の残した言葉だ。


  

■ となりの食卓
 ・ 鰤照り焼き
 ・ 蟹のほぐし身スープ
 ・ 自家製チャプチェ
 ・ 南瓜煮
 ・ イチゴ  おこぼれあり

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コメント

>七栗堂mamaありがと
基が狩猟民族の欧米人は、動物は糧でありパートナーなのです
それだけ関わり合いが深いと言うことなのでしょうね

>ホーリーmamaありがと
人間は肉・魚・野菜を食べなければ生きていけません。
都市に暮らしていると、それらに感謝し、恩返ししようと
いう気持ちが欠落しすぎているかもしれませんね

>コロmamaありがと
悲しいかな都会型ハンターにとって、猟犬はワーキングブーツや
銃と同じ道具としか見なしていないのですね
このような現実を知ると憤りを感じます

投稿: マリア | 2010年2月26日 (金) 20:41

今日、獣医さんに行った時、一緒になった方の話。
知り合いにセターと猟をする人がいるが、猟の性能が落ちるからフィラリアの薬は飲ませないそうで、その犬も結局フィラリアで命を落とした、とのこと。

この話、以前にも聞いたことがあったけれど、やっぱりそういう人がいるんですね。
そんな科学的にも怪しいようなことを信じて、自分の犬の命を粗末にする人が。

投稿: コロママ | 2010年2月26日 (金) 19:46

100年近く前に、動物の為に行動を起こした方。
思いがあっても、なかなか実践するのは、難しい。
でも、その一歩のおかげで、どれだけ多くの動物達が
病や苦しみから救われた事か。
でも、動物の置かれている状況は、悲しいかな
マリアさんが目指す世界には、ほど遠い。

投稿: ホーリーママ | 2010年2月26日 (金) 17:58

すごいですねupup

動物保護が社会に根付いてもいるのでしょうが
欧米人のその行動力にも頭が下がりますdown

投稿: 七栗堂 | 2010年2月26日 (金) 11:40

>Rallyママありがと
たとえ聖人君主に成れなくても
この気持ちだけは忘れないでいたいものです

>コニーmamaありがと
動物のために?人間ですら満足ではないのに!・・という
考え方が大半でしょう。
人間と動物は同じスタートラインだという発想には
なかなか成れません

>みっちゃんmamaありがと
狩猟民族だからこその発想かもしれません。
家畜系の動物は大事な生活の仲間なのですね

>Kylano3ママありがと
そのような人間のエゴはまだまだあります。
温暖化の原因もその一つですね。
気づいた時は手遅れなのかもしれません

投稿: マリア | 2010年2月26日 (金) 06:45

こちらでも、まだまだ似たような現状が残っています!

dogcatにお金をかけるなんて信じられない!というもの。
食べ物は残飯
予防接種ナシ
病気も放置
見るに見かねてご近所の犬の状態に口を出し、散々な目に会ってから、見ザル言わザル聞かザルを装っていますが\(*`∧´)/

そんな人たちに、dogcatたちがいかに私たちの生活に潤いを与えてくれているか理解してもらいたいですね。

投稿: kylano3 | 2010年2月26日 (金) 00:43

全く、そのとおりです。
同じ地球に住む生き物全て、平等に健康と平和を保ち続けないといけないのです。

投稿: みっちゃん | 2010年2月26日 (金) 00:19

感動しました。このマリアという女性も彼女を支持し助けた無名の人々も。もしも、おなじ時代に生きていたら、彼女に協力していたと
思いました。

奇しくも私もおなじようなことを考えていて、明日のブログ日記に
The relaxation of the pain という表題で作成していたところ
でした。

ですが、明後日にします。。
お天気のよい日でしたので、シャンプーしたからそのことを
書いたのを先に投稿します。

投稿: コニー♪ | 2010年2月26日 (金) 00:04

素敵な言葉ですね♪ 人間がこの地球を支配している生き物ではないのですものね~。 命あるもの皆、公平に幸せになる権利があります! ついつい、人間中心のエゴだらけの世の中になってしまいがちですが…。

投稿: Rallyママ | 2010年2月25日 (木) 22:58

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