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2010年4月20日 (火)

暮らすということ

2010_03140010

↑ ちょっと理屈っぽいお話ですけど・・・・
 
  


旦那様の好きなTV番組に「世界ふれあい街歩き」というのがある。

先日はスペイン・南西部のカディスという街だった。その中で「忠犬カネロ」の話が出たワケ。

カディスの市民でこの犬のことを知らない人はいないくらい、まさに伝説の犬のお話だそうだ。
それはほんの最近のことでまだ10年も経っていない。

カネロは、毎日病院に一緒に通っていたご主人が、治療中に病院で亡くなったにもかかわらず、
12年間も病院前で帰りを待ち続けていたのです。

忠犬ハチ公と同じく、これだけでも旦那様の胸を打つお話なのだけど、さらに心温まるのは、
この間ずっと周囲の人たちがカネロにエサをあげたりしてかわいがっていたこと。

カネロは2002年12月に病院前で車にひかれて亡くなったそうです。

カディスの土地の人達はこの忠犬へ最大の敬意を表し、病院横の路地を「カネロ通り」と
名づけ、そこには、老いてなお主人を待ち続けたカネロの姿を刻んだレリーフも飾られて
いるそうです。

飼い主が亡くなったとき、カネロが何歳か判りませんが、12年も待ち続けたということは
どう計算しても飼い主と暮らしたのは2~3年ではないかというカンジ

僅か2~3年の暮らしが、その後の12年カネロの心をつなぎ止めたワケだ。

犬を買うことは誰だって出来るけど、でも「買う」のは「飼う」とは違う

犬を「飼う」には犬の習性を理解し、最低限「食餌」と「健康管理」と「社会との接触」を
満たしてあげないと犬を「飼う」とはいえず、さらに、その先に飼い主との友好な信頼関係が
築けなければ犬と「暮らす」ということにはならない。

ワタシのように捨てられた犬、見放された犬の多くは「暮らす」までに至らなかった犬なワケ
飼われている途中で見捨てられたのだけど、その原因はワタシ達犬にあるのだろうか?

人間が犬を飼うということは、一般社会と犬の生命に対する責任がもれなくついてくる。

今の時代、イエイヌは人間という飼い主がいなくては生きていけないのだけど、その飼い主を
選ぶ権利は犬には与えられていないワケ

もし選択肢が多く与えられれば誰だって自分の都合によい方を取るに決まっている。

選択権のある人間は、利己的で動物的で、選択肢の外におかれた他への影響をあまり
考えることなく目先の欲に飛びついてしまう。

その目先の利益や欲望を度返しできたときに人間と犬との信頼関係が生まれ、犬と人間の
濃密な暮らしが成立するのかもしれない

番組の中の僅か2~3分の話だったけど、旦那様にはカネロの飼い主がとても羨ましく
思えたらしい

 

■ となりの食卓
 ・ キーマカレー
 ・ 人参のサラダ 
 ・ ヒラメのカルパッチョ
 ・ 筍と蕗と京ガンモの炊き合わせ
 ・ サングリア
 ・ イチゴ   おこぼれあり

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コメント

>ミモザmamaありがと
本当にそう感じます。
人との付き合い方も随分違ってきました。
子供の頃の「向こう三軒両隣」は、準自宅みたいな感じだったのに
今では考えられません。

投稿: マリア | 2010年4月25日 (日) 18:09

この番組は時々見ています。
海外に出かけると、動物とヒトとの関係、取り巻く状況など違うと感じますね~
もっとゆったりした関係があるように思います。
最近は、リスクばかりを気にしているマニュアル人間が増えてしまって息苦しい感じを受けます。
昔の日本はもっとゆったりしていたような気がするのですが・・・。

投稿: ミモザ | 2010年4月25日 (日) 07:35

>七栗堂mamaありがと
常に受け身である飼い犬達は、最後まで看取ってやりたいという覚悟が
必要ですね。
もしもこちらが先に逝った場合は、さっさと新しい飼い主に尻尾を
振ってくれた方が気が楽です。

投稿: マリア | 2010年4月22日 (木) 15:19

ユウェルは広い選択肢をあたえたときに
はたして私を選んでくれるのだろうか、心配になりますね…down
彼女にとっていいリーダーであるかどうか
こればっかりは、彼女に聞くしか自分ではわかりませんbearing

カネロやハチ公のようにもし自分が先に逝くことになったら
帰らぬ自分を待ってほしいという思いはありますが
できれば、さっさと忘れて新しいご主人さまとその後の人生幸せに暮らしてほしいものですshine
でも気が気じゃないのできっと死んでも死にきれませんsweat01

投稿: 七栗堂 | 2010年4月22日 (木) 14:18

>飛ばない豚papaありがと
BSと総合の両方で放映しています。(2回見られます!)
確かに場所が違えば全体の価値観も大きく違いますし、日本のように
単一民族でなければ思想の根源も様々です。
日本は良きにつけ悪しきにつけ、村社会ですから。

>ホーリーmamaありがと
「隣の芝生は・・・」ではないですが、他国ではワンズも
ノビノビしているようなというか、日本は社会的にも飼い主的にも
規制が多いような気がします。

>Kylano3ママありがと
個人的にはマリアが8頭目です。それぞれに新しい発見を
させてくれたし、その都度その都度の支えになってくれていました。
ありがたいことです。

投稿: マリア | 2010年4月21日 (水) 06:40

>飼い主を選ぶ権利は犬には与えられていないワケ
まさに痛感します。
人間は、犬、猫を飼い始めるに当って、生涯連れそうという「覚悟」が必要ですよね。
たくさんの子ども達を見送ってきましたが、それぞれの子ども達がくれた愛情は何にも変えがたいもの。
そして、それぞれの子ども達も「よい犬(猫)生だった」と思ってもらえてるとよいのですが。

投稿: kylano3 | 2010年4月20日 (火) 23:54

私も、この番組好きです。
この頃、旅行に行っても、旅番組見ても、そこに住む人たちが、
飼っているワンちゃんが、気になります。

つい、飼い主さんとワンズが醸し出す雰囲気に、吸い寄せられます。

カネロも飼い主さんも、ある意味とっても幸せでしたね。


投稿: ホーリーママ | 2010年4月20日 (火) 23:20

この番組って、NHKーBSでやってるヤツでしたっけ?
たしかカメラがその訪問地を旅する人の目線で歩きながら、あちこち鼻を突っ込んで行く。。
それだと僕も好きな番組です。

僕のマイミクさんで、バルセロナに愛犬のゴールデンと暮らしていた女性が居ました。
過去形で述べたのは、彼等は僕の知る限り、初めて虹の橋で再会を果たしたペアだからなんです。
つまり愛犬は昨年、彼女は今年の初めに亡くなりました。
愛犬のゴールデンはガンでした。彼女も、です。。
愛犬がガンだと分かった時、周囲の人間は即、安楽死を彼女に勧めました。
いや、勧めたというより、一向に安楽死をさせようとはしなかった彼女を責めました。
「君はなんてかわいそうな事をするんだ!」と。
彼女の周りの人達(もちろんスペイン人ですね)は飼っている動物がガンなどの不治の病に罹っていると分かった場合、まだ元気であっても安楽死させていました。
死生観、宗教観、動物観、いろんな価値観が日本人とは大分違っていることを、改めて目の当たりにした観があります。
でもだからといって、当然、生きて共に暮らしているイヌとの付き合い方が日本人と違うワケでもなく、むしろ動物収容所列島と化しているこの国の状況よりはきっとはるかにマシな環境があるんだと思います。(すみません、ここは思い切り憶測です)

スペインとイヌの話題で、ちょっと思いだしたことを書いてしまいました。

投稿: 飛ばない豚 | 2010年4月20日 (火) 21:48

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